目次
1.「試用期間」と新規採用時の有期労働契約
正社員を採用する際に、3か月から6か月程度の「試用期間」を設ける企業があります。
試用期間は、正社員としての無期雇用契約の当初3か月から6か月程度を「試用期間」として設定し、期間中に正社員としての適格性を判断して、試用期間満了時に、適格者を「本採用」とし、不適格者を「本採用しない(本採用拒否)」とするものです。
試用期間と似たような雇用形態として、新規採用時に、まず3か月から1年程度の有期労働契約を締結し、その期間中に労働者の正社員としての適格性を観察して、期間満了時に適格者と判断されたものを正社員として採用する(無期労働契約を締結)するというケースがあります。
例えば、学校教員のように職員としての適格性の判断を慎重に行いたいという場合に、専任講師等として1年間の有期雇用契約で採用する例があるそうです。
このように「試用期間」的に短期間の有期労働契約を利用する場合に注意すべき点を確認しておきます。
2.有期労働契約に関する労働条件の明示
新規採用時に有期労働契約を利用する場合には、まず、「労働条件」として明示する必要があることに注意が必要です。
- 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他一定の労働条件を明示しなければならない(労基法15条1項)とされています。
特に重要な6項目については、書面を交付して明示しなければならないと定められています(労基法15条・労基法施行規則5条2項3項)。
この6項目の中に、「労働契約の期間に関する事項」と「期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項」があります。 - これらの事項を含めて、労基法が要求する労働条件を労働者に明示していないと、30万円以下の罰金に処せられます(労基法120条)。
- また、明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができます(労基法15条2項)。
- なお、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(厚労省)は、契約の締結に際し、労働者に対して、当該契約の期間の満了後における更新の有無を明示しなければならず、更新する場合がある旨明示したときは、労働者に対して、当該契約を更新する場合またはしない場合の判断の基準を明示しなければならないと定めています(同基準1条)。これは、有期労働契約の継続・終了についての有期雇用労働者に予測可能性と納得性を高め、紛争を防止するための規制です。
以上より、新規採用時の適格性判断のための有期労働契約を締結する場合は、契約期間と、更新の有無および更新する場合の更新の判断基準を、労働条件通知書や労働契約書に明記しておかなければなりません。
3.「試用期間」と解釈されてしまう場合がある
新規採用時に正社員としての適格性を判断するための有期労働契約を締結しても、その期間が「試用期間」と解釈されてしまうことがあります。
この場合、期間満了時に本採用をしないことにして、期間満了による契約終了をしようとしても、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められないと、契約終了(解雇)が認められず、本採用しなければないことになります。
4.試用期間について
「試用期間」は、正社員(無期雇用)の採用にあたり、入社後一定期間を「試用」の期間として、労働者の適格性を判断して本採用するか否かを決定する制度です。
就業規則に「採用された者には○か月間の試用期間を設け、社員としての適格性等を総合的に判断して本採用の有無を決定する。」といった規定を明記するのが一般です。
試用期間の法的性格について、裁判例は、原則として解約権が留保された労働契約(解約権留保付労働契約)であるとしています。
裁判例の考えでは、試用期間中と「本採用」後は、別契約ではなく、当初から正社員として期間の定めのない雇用契約(無期雇用契約)が成立しており、試用期間中は解約権が使用者に留保されていると考えます。
このため、試用期間が満了して「本採用」を決定した場合に、改めて雇用契約を締結するわけではなく、無期労働契約がそのまま続くことになります(留保していた解約権がなくなるだけ)。
他方で、試用期間が満了して「本採用をしない(本採用拒否)」と決定した場合は、正社員としての無期労働契約を解約する、すなわち、「解雇」することになります。
このため、本採用をしない(本採用拒否する)場合には、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法16条)という、いわゆる解雇権濫用法理が適用されることになり、また、「解雇予告」も必要になります(労働基準法21条4項)。
もちろん、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」は、留保解約権の趣旨・目的(正社員としての適格性の判断)に照らして判断されるので、留保解約権に基づく解雇は通常の解雇よりも広い範囲で認められるといえます(=本採用拒否は通常の解雇よりも使用者の裁量の範囲が広い)。
とはいえ、解雇ですから、有期労働契約の期間満了による契約終了よりはハードルが高くなるということができます。
5.どのような場合に「試用期間」と判断されてしまうのか?
新規採用時に正社員としての適格性を判断するための有期労働契約を締結した場合に、その期間が「試用期間」と解釈されてしまうかどうかについては、裁判例があります。
すなわち、最高裁判例は、労働者の新規採用契約において、その適性を評価・判断するために期間を設けたときは、右期間の満了により右契約が当然に終了する旨の明確な合意が成立した等の特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく試用期間と解するのが相当であると判示しました(最判H2.6.5・神戸弘陵学園事件)。
この最高裁判例から、新規採用時に有期労働契約を締結した場合は、原則として「試用期間」と判断されてしまい、有期労働契約であると判断されるためには、「期間の満了により右契約が当然に終了する旨の明確な合意が成立した等の特段の事情」があることを使用者側が主張・立証しなければならないことになります。
「明確な合意」が認められるためには、本採用する場合に、改めて正社員としての無期労働契約を締結することも必須となるといえます。
6.「試用期間」と判断されないためにしておくべきこと
以上をまとめると、使用者としては、労働者の採用にあたり、適性を評価・判断するために有期労働契約を締結し、期間満了により契約を終了させようとする場合には、
- 労働者との間で、期間満了により契約が当然に終了する旨の明確な合意をし、
- 適格性が認められる労働者を本採用するときには新たに無期労働契約を締結する
という手続をとる必要があるということになります。
ですので、前述した「労働条件の明示」として、新規採用時に、労働条件通知書等の書面に有期労働契約の期間と正社員としての適格性を判断する期間であるため原則として更新はないことを明記しておくべきです。
また、期間満了時に本採用する際には、必ず正社員としての無期労働契約を締結するように厳格に運用し、新たに無期労働契約を締結することなく時が過ぎてしまう、などとようようなことのないように注意しなければなりません。
これらをルーズに運用していると、正社員として不適格と判断した新規採用者を契約期間満了で契約終了しようとしても、当該期間は「試用期間」であると判断されてしまい、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が認められないから契約終了も認められない(採用しなければならない)と判断されてしまう可能性があります。
また、新規採用された方が誤解してしまい不必要な紛争になってしまう場合もあるので、きちんとした運用に努めるべきです。